言語化のススメ。モラハラ義母の既成事実支配から抜け出すためのマインド整理術

みーぬ

(既成事実からの脱却シリーズ③)

〜自分を取り戻し、戦うと決めた日〜

「連休の帰省はルール」――
理不尽だらけのそんな謎の既成事実に、初めてNOを突きつけた私。
でも、そこに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかったんだよね・・

というより、何かをズルズルと引きずられながら、
頭の中で何度もずーっと“もんじゃ”をかき混ぜてるだけの焼いて食べることはないモヤモヤな日々みたいな。
(※心のもんじゃは焦げまくってましたけどね。)

なぜ、あんなにも追いつめられ、思考停止に陥ってしまったのか。
なぜ、「おかしい」と思いながら、もっと早く声があげられなかったのか。

答えは、義実家の異常性や理不尽さだけじゃなかったのかも。
私自身の中にあった「隙」――それが、連中の侵入口だったと思う。

今回は、私がどのようにしてその「隙」に気づき、罪悪感の呪いを解いて自分を取り戻したのか、その心の軌跡のお話。

原因分析①:私の中にあった「3つの隙」

振り返ってみると、私の行動や思考にはいくつかの自分原因論があったと思うんだよね。
私自身につけこまれる理由はちゃんとあった。
そこが義実家につけこまれる隙となってしまったんだなぁ・・・と思うとマジで自分が情けない。理由は主に3つ。

①「よく思われたい」というエゴ

姑から嫌われたくない。どうせならよく思われたい。気にいられたい。みんな、あえて口にしないながらも内心は誰でも正直ある素直な本音だと思うけど、私もまさしくそうだった。

嫁姑問題で揉めたいとは内心誰も望んでないわけじゃん。中には最初から勝ち負けにこだわってる人もいるかもしれないけど、大半はそうじゃないと思うし。

よい関係を築きたいと思うがあまりに、否定することなく笑って合わせすぎてしまったことが、「言いなりになる嫁」というレッテルを貼られることに繋がってしまったんだと思う。
くぅぅぅ くっそー・・・ そこにつけこむのってほんと趣味悪いけどね。

②「うまくやれる」という過信

最初は、姑ともうまくやれると思ってた。
あんまり自分は人間関係で悩むことはそんなになくて、環境が変わっても、有難いことになんだかいつもまわりには親しくしてくれる人もいてくれてたから、今回も要領よくできると過信しちゃってました。はい。
それに
多少の理不尽ならスルーして、私が少し我慢すれば丸く収まるだろう、と。
…そう思っっちゃてました。最初のころは特にね。
だけど、その我慢は相手をただ増長させるだけで、何一ついい結果をもたらすことはなく・・・
我慢してることって、相手には全く伝わらない。
むしろ、「もっと我慢して当然でしょ?」って期待値を上げられるだけだったという最悪のオチに。

③「お互いの親は大事にしたい」という価値観

結婚したら、お互いの親を大事にするのは当然、って思いすぎてた。
無意識のうちにその価値観に縛られ、自分の気持ちを押し殺しすぎて、無理して義実家に合わせすぎていたんだと思う。そこにつけこまれました・・・

いつの間にかお互いの親という平等な関係ではなくて、相手側のご実家は、自分たちが優先されてなんぼという考えだったことは早々に判明してたのにね…。

義実家側が都合よくねじまげてくるその理屈には呆れるばかりだけど、そこに流されちゃってた自分が本当によくなかったよなぁって反省しきり。

言葉では調子のいいことばかり言ってくるけど、現実の結果として義実家の言い分は何一つ、私と私の親を「大事にされない側」へと追いやってきてた、という実例がいくつもあったのに… 見て見ぬふりをしてきちゃった。
本当になぜもっと自分を大切にできなかったんだろう・・・ 自分が情けなくて悔しいよね。

この3つの「隙」。
まさに、義実家という吸引力の強いブラックホールにズルズルと引きずり込まれた“落とし穴”だったなって思う。

原因分析②:彼らの「正義」と、終わらない戦争

なぜあの人たちは、あんなにも平然と堂々と理不尽を押しつけてくるんだろう?って思うけど、
それは…多分、あの人たちにはあの人たちなりの「正義」があるからなんだろうね。

ドラえもんが言ってた。
「どっちも、自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ」

──そう。まさにこれ。
義実家と私の争いは、「正義」のすれ違い戦争なんだよ。

お互いの「正義」が違うから、永遠に相容れないやつ。
こちらがいくら正論で論破しようとしても、彼女らが考えを改めることは絶対にないのだから。

こっちがどれだけ冷静に話しても、
どれだけ資料と根拠と正論を持ち込んでも、
あの人たちの中の「正しさ」は1mmも揺るがない。

むしろ、こっちの意見は「否定」として処理されるだけで、”なんてひどいことを言うの?!”って被害者側の立場に変換されるだけだもん。

その構造に気づいたとき、私はやっと悟ったわけよ。

「やり込めようとする限り、いつまでたっても関係は変わらない」
「戦うべき相手は、あの人たちじゃなくて“洗脳された自分”だ」

そうだった… 人は変えられないけど、自分の行動は変えられるんだった。

私を救った「言語化」という武器

気づけば、私はMPゼロのゾンビ嫁に。(-_-;)
自分でも自分が何考えてるのかわからない状態で、それが地味にしんどくて、呼吸が浅いような感覚になってた。

でも、そこから脱出できたのは…言語化という武器を手に入れたから。

まずはマインドマップ。
頭の中でゴチャついてた情報を整理していったの。
帰省するに至った経緯、その時の感情、言われた言葉などなど。
文章や日記にするというよりも、もう言葉を羅列していっただけ

するとどうでしょう
冷静に状況が見えてくるじゃないか。驚くほどに客観的に状況が見える!

みーぬ
みーぬ

「あれ? 罪悪感だけ植え付けられてるけど、私、何も悪くないぞ?」

この確信が、霧を一気に晴らしてくれた。

そして次なる武器が、このブログ
書いて、言語化して、客観視することで、感情がスーッと整理されていく。
詰まってた“気”が流れ出す感じ。

みーぬ
みーぬ

・・・あれ? 旅行してなくても、心身ともに浄化されていってない?

…正直に言います。
このブログは、旦那ちゃんへの間接メッセージでもあります(笑)

私のブログをひそかに読むことを楽しんでいるようなので、ちゃっかり“理解してもらいたい内容”を忍ばせているんです。
そう、どれだけ私が苦しみ続けていたのかを見せつけてます😛

キーッとイライラして怒るより、はるかに健全なストレス解消法だと思いません?

おわりに:戦うとは、やり合うことじゃない

今の私のスタンスは、すごくシンプル。

  • やり合わない
  • できるだけ関わらない
  • 距離をおく

私が守りたいのは、彼らとの関係ではなく、私自身の心の平穏。
そちらに舵をきってます(~_~;)

「関係を保つ」ためじゃなく、「自分を守る」ためのスタンス。

もちろん、縁を切ったってかまわないってくらいには開き直ってます。
でも、あえて切らないのは、旦那ちゃんの両親であることには変わりはないから、無駄な争いは避けたい。
だから、このスタンスを貫いてます。

最後に、私が信じてることをひとつ。

みーぬ
みーぬ

「人生には、必ず帳尻合わせがくる」

人が撒いた種は、いつかどこかで芽を出す。よいことも悪いことも必ず自分に返ってくる。
そのことだけが、今の私の心を、ちょっと支えてくれてる一番のお守りになってるのかも。

あなたへ

もし今、あなたがかつての私のように、理不尽や罪悪感に押し潰されそうになっているのなら・・・

まずは、言語化してみて。
マインドマップが面倒でも、スマホのメモにぽちぽち気持ちを吐き出すだけでもいい。
ノートや日記で書くだけでも、SNSでも、ブログでも、なんでもいい。

その一歩が、きっと “自分に戻る”きっかけになるはず。


今回は、3部作でおおくりしました!
3部作セットでお楽しみ頂くとより深く世界観がわかるかと思います

既成事実は絶対正義?三部作①
既成事実って絶対正義なの?義実家の「不文律」をルールにさせない4つの心得
既成事実って絶対正義なの?義実家の「不文律」をルールにさせない4つの心得
既成事実は絶対正義?三部作②
罪悪感の呪いを解け!「帰省しない嫁は薄情」という既成事実との闘い
罪悪感の呪いを解け!「帰省しない嫁は薄情」という既成事実との闘い
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「これが最後のゴルフ」と泣きつかれ…一年前に勃発したGW帰省問題、再燃〜 
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みーぬ
みーぬ
観察系記録ライター
義母との複雑な関係をきっかけに、 “家庭”という名の舞台に仕込まれた違和感を見逃さず、 観察・分析・記録を始めました。 このブログでは、 心を守るための言葉を綴っています。 最初は、誰にも言えない気持ちの吐き出し。 でも、記録しながら自分の感覚を取り戻し、 今は“自分で自分を守れる言葉”を紡いでいます。 私にとって「書くこと」は、 日々のズレや不安から自分を切り離す、小さなサバイバル術です

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