【第3章:完結編】なぜ私は「支配」に気づけた?「父の死」と「コロナ禍」が重なった奇跡のタイミング。

みーぬ

マニピュレーター姑からの覚醒クロニクルとして綴っているこのシリーズ。

第2章までは、どうやってすそこ様が私をコントロールしていったかという「侵略の歴史」を。 ・・・読み手を無視した長文すいません(~_~;)

そしてこの第3章で、私はようやくマニピュレーターの支配構造に気づくきっかけを持つことになります。

そう簡単にマニピュレーターの罠には気づかないんですよ💧

そこがややこしいんです。なんせ巧妙に罪悪感を持たされている仕組みなんでね。

今回の記事は、第3章の総括として振り返ってみます。

「なぜ私は、あの時違和感に気づくことができたのか?」

結婚してからというもの、あれほど違和感を飲み込みまくって、思考停止状態で結果的にすそこ様に従ってきた私。

それが、2020年のあのタイミングでいろいろなことが重なった。

それは単なる偶然?とは言えないほどにどれも私にとって、覚醒するうえで必要不可欠な出来事ともいえるもので
**「父親の死」と「コロナ禍」という、そうそうお目にかかれない二つの出来事が重なった「奇跡的なタイミング」**のおかげという事実。

これは、底なしの泥沼から脱出するために用意された、私の人生のターニングポイントの記録……と、今ならそう整理できるかも。

というわけで、これは私の人生の転換点の記録です。(ジャーン)

10年間の「酸欠」と、強制再起動

結婚してからの約10数年間。

思い返してみると私は、ずぅぅぅ・・・っと「自分」という個を消して、鎌村家の不文律に合わせるためだけに心血を注がされていたんだよね。

自分の個を消したかったわけでも、不文律にあわせたかったわけでも勿論なかったのに、いつの間にやらそうさせられるように支配されてたから。

もちろん、自己保身もあったけど、それすらも利用されたのかなーとは思う。

「あなたはうちの嫁なんだから」「家族なんじゃから」「それがうちのルールなんよ」

そんな謎ルールで縛られ続けて、遠方にいるから普段は侵略されないだろうと油断していたら、頻繁にくる圧力電話。メールやLINE。

甘い言葉とともに嫌味も織り交ぜてくるすそこ様のやり方に、どんどん自分を見失っていって、自分らしさが削り取られていくような日々。

とにかく、なんせ距離感が近すぎるし、境界線なんてまるでなし。

ズケズケと入り込んでくる日々に、すそこ様への正解が分からなくて、思考がストップさせられてた。

何故だか、正月・GW・お盆、すべての長期連休は帰省することが前提になっていて、気づけば既成事実化に成功されちゃってるし。

帰らないといえばめちゃくちゃ怒られるから、結局帰る羽目になるし。

私の大事な大事なリフレッシュ、ご褒美の旅行を奪われている現実は、地味に私を追いつめていったと思う。

そんなことが常態化していて、自分の感情に蓋をし続け、旦那ちゃんにも何も言えずに気づけば心は常に酸欠状態だったわけよ。

それが当たり前すぎて、自分が息苦しいことすら気づいてなかったところに、突如として訪れたのが、2020年の世界的なパンデミックでした。

【空白の恩恵】コロナ禍という「避難所」

2020年のゴールデンウィークは、今までかつてない特別なものになったわけですよ。

それは結果的に私にとっては、**結婚以来はじめての二人で「帰省しない長期連休」**だったからーーー(>_<)

その時は、自覚なんてまるでない。

むしろ、どこにも出かけることなんてできないステイホーム真っ只中だったから、「何したらいいんだろう? この連休…」って感じ。

もう当時の記憶も薄れてきてるけど、外出自粛しろって言われてたときだもんね。

だけど、実際のわたしたちは、旦那ちゃんと二人、ただ家でゆっくり過ごす穏やかな時間が、めちゃくちゃに充実してたんだよね。

ある日はピザを頼み、昼間からレモンサワーを飲み、お互いにゲームをしながらも、ネトフリでドラマだったり映画・アニメやYouTubeを一緒にみて共に笑う。

そういった実際の体験が、私に衝撃の事実を教えてくれた。

「搾取されない休日って、こんなに美味しかったんだ」

これが大きかったと思う。

罪悪感を持たずに、堂々とおうちで休んでていいんだ。

それが当たり前のことなのに、許されなかった環境がそもそも異常だったんじゃない?

だって、わたしたちの人生なんだし、休みを搾取されていいものじゃない。

誰かの機嫌を伺うことなく、自分たちのペースで息をしていいんだ、って。

私はそれまで、旅行が大好きで、長期連休は唯一泊りがけで出かけられる貴重な機会だから、それを強制的に奪われていることが辛いんだと思っていた。

でも、そうじゃなかったんだ、っていう気づき。

そもそも、連休中は旅行代金も高くなるし、混雑するしってことで行くつもりはそもそもなかったんだよね。

「別に旅行がしたかったわけじゃない。ただ、自由でいたかっただけなんだ」

これに気づいた時は、自分でもびっくりだった。

コロナ禍という「避難所」に突如入ることになって、初めて、私は自分の身体が緩んでいく感覚を知ったわけですよ。

こんな異常事態でもない限り、私は一生、この「普通の幸せ」を知る由もなかったと思うとマジでゾッとする (~_~;)💦

父が命懸けでくれた「最期のプレゼント」

そして、もう一つの奇跡。

それは、父の介護との関係。

本来であれば、父の病状が悪化していたあの時期、入院中とはいえ、しょっちゅう病院から呼び出しをくらっていて、常時の付き添いで病院に入りびたりだったはず。

もしくは、ややこしい病気がなければ実家での介護で心休まる時はなく、疲弊しきっていたはず。

のんびりとピザを食べている余裕なんて、物理的になかったはずだから。

それが、皮肉にもコロナ禍による「面会制限」が、私に時間を与えてくれた。

病院にお任せするしかない状況。病院に立ち入ることができない制約。

もちろん、不安や心配がない訳ではなかったものの、同時にお父さんとの長年の信頼関係があったからこそ、私はその時間を「休息」として受け取ることができていたんだとおもう。

「お父さんが、最後に私に『自由の時間』をプレゼントしてくれたのかもしれない」

あ、ちょっときれいに言い過ぎました。(;^_^A アセアセ・・・

でも、今から思うと本当にそうだったかもしれないなーって思う。

もうすぐお父さんがこの世からいなくなるかもしれない。

そんな状況にも関わらず、私が心穏やかにいられたのは、お父さんの状態をみて、「もうお父さんはここにはいないな」って感じて死を受け入れる準備が私にあったこと。

そして、「早く楽にさせてあげたい。お父さん自身もそれを望む人だったから」という両方の思いがあったからこそなのかな。

そんな「死を受け入れる静けさ」と、思いがけず手に入れた「自由な時間」。

この二つが重なり、私の心はかつてないほど凪(なぎ)のように穏やかで、のんきにピザを堪能できたんだと思う。

だから、単純に「コロナ禍で義実家に帰らなくてすんでラッキー★」という単純な話ではなくて、偶然に偶然が重なったタイミングだったからこそ感じた、平穏の幸せ時間だったんだとおもう。

(あ、またきれいごとを言ってしまった・・・ 恥ずかし・・・💦)

「厳粛さ」と「自由」のコントラスト

「死に向き合う厳粛さ」と、「自由な生活の穏やかさ」。

この二つの尊い時間が重なったからこそ、そこに土足で踏み込んできた**「すそこ様のノイズ」**が、とてつもなく異質で、おぞましいものとして際立ったんだと思うんだよね。

コロナ禍と父の問題が重なったからこそ、私はあそこまで、彼女の「異常性」に気づくことになったわけだから。

コロナ禍がなければ、GWは旦那ちゃんだけ帰省してただろうから、私達二人が穏やかにのんびりと過ごすことはできなかっただろうし。

私は私で、病院にずっといる羽目になっていたと思う。

そして、すそこ様たちは普通にやってきて、葬式に参列してたと思うからね。

私も、コロナ禍を理由に断ることもできない訳だから、来る・こなくていい・メンツ問題もつまびらかにはなってなかったはず。

けれど、あの日。

すそこ様がしてきた「興味本位の詮索」と「空虚なメンツ」を、配慮なくぶつけてきたことは、私の中での大きなきっかけとなったからね。

その瞬間、私の中で何かが完全に切れたから。

キレるじゃなくて、緊張の糸が切れたみたいな。

「あ、この人たちとは、生きている世界が違う」

って完全に境界線を引けた瞬間だったと思うから。

それは怒りというよりも、なんていうか・・・深い絶望と、底なしの軽蔑の感情なんだよね。

ここで、すぐに私が覚醒に至ったわけではないけれど。

旦那ちゃんの大切な親であることには変わりはないけれど。

ひとりの単体の人間としてすそこ様という人を見たときに、**「最低だな」**って見限った瞬間でもあったのかな、って思う。

すべては「覚醒」のために

これらの出来事があったことが覚醒していく上で、かなり重要なウエイトを占めてたんだろうなって思うから、前後編に分けてちょっぴりデリケートな問題をかいてみました。

すそこ様は余裕である意味、毎度期待を超えてくるからね。(~_~;)

普通なら情状酌量の余地もないようなシチュエーションで、すそこ様はその「鬼畜な本性」を余すところなく見せつけてくれたわ~…

おかげで私は、一ミリの情も残すことなく、彼女を見限ることができましたっ。

罪悪感を持つことなく、「軽蔑」という武器を持って自立への一歩を踏み出すことができたのは本当に大きかったと思うから。

2020年のあの奇跡的なタイミング。

それは、私が自分自身の人生を取り戻すために用意された、運命の分岐点だったんだなーって本当に思う。

ここからは、私が私を取り戻すための「反撃」と「再生」の傷だらけの物語。

まだまだこれからも続くんだけどね(~_~;) はぁ・・・

(第4章へつづく)

ABOUT ME
みーぬ
みーぬ
観察系記録ライター
義母との複雑な関係をきっかけに、 “家庭”という名の舞台に仕込まれた違和感を見逃さず、 観察・分析・記録を始めました。 このブログでは、 心を守るための言葉を綴っています。 最初は、誰にも言えない気持ちの吐き出し。 でも、記録しながら自分の感覚を取り戻し、 今は“自分で自分を守れる言葉”を紡いでいます。 私にとって「書くこと」は、 日々のズレや不安から自分を切り離す、小さなサバイバル術です

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