私の覚醒クロニクル:マニピュレーター姑の支配を解き放つまで【序章】

私の覚醒クロニクル ~第1章
「マニピュレーター」って言葉に導かれた方々、こんにちは。
私はこの言葉に出会った瞬間、
それまで自分の中でうまく言語化できなかった違和感が、まるでパズルのピースがパチパチとはまっていくみたいに…一気に解けていきました。
「ああ、私はずっと、こんなにも巧妙な罠の中にいたのか!」
そう気づいた時、モノクロだった目の前の景色がガラリと色がついたように変わると同時に、希望と「ここから抜け出さなきゃ!」という静かな決意が、ふつふつと生まれてきたのです。
このシリーズは、私が義実家という沼に足を取られ、どっぷりと浸かって、モヤり、呻き、ずぶずぶと沈みかけた脱出不可能な底なし沼から、這い出していく様を言語化した軌跡。
もがけばもがむほど、沈んでしまう底なし沼とはどんなものなのか?
そして、その底なし沼からどのように脱出できたのか?
時系列で「覚醒クロニクル」としてここに記録していきます。
第1章:完璧な姑の皮を被った「マニピュレーター」との出会い
旦那ちゃんと結婚する前の私は「嫁姑問題」なんて、ぶっちゃけ他人事でした。
ドラマやワイドショーの中で繰り広げられる話でしょ?って。
もちろん、結婚すれば夫の実家との付き合いは必要になるし、お正月には帰省するだろうしってそのぐらいは覚悟もしてたし、それぐらいしておけば波風立てずにうまくやっていけるかなって思ってた。
なんせ、彼は次男だし、義実家ははるか遠方だしっていう油断もあいまって。彼も、お袋は気を違う人じゃないから大丈夫だと言うし。(⇦どこがだよっ!と最近は彼にネチネチ恨み節を言ってますけど)
それに私は私で、まぁまぁ世渡りは得意なほう。
ちょっと気をつかえば、うまくやっていけるでしょ〜って。
正直、余裕ぶっこいてました。ええ、油断してました。
(最大の私の汚点であり世間知らずな過信でした・・・)
…で、その油断が、のちのち、地獄の滑り台のスタート地点だったとは、その時は、夢にも思っていませんでした。
「良い人祭り」のはじまり:異様な崇拝と私の誤算
初めて義実家に行ったとき、義家族は私のことをとても温かくウェルカムで迎えてくれました。
ただひとつ衝撃だったのは、本人も含めて“全員”が、姑・すそこ様を褒めちぎってたこと。
なんかもう、「すそこ様劇場」っていうか、「ここはすそこ教のミサ会場ですか?」って感じの雰囲気で。見事なまでの“すそこ様崇拝”の空気が充満してました。
その光景は、私にとって異様でありながらも、当時はどこかすそこ様に不思議な魅力があるようにうつったりもしてました。
というのも、姑は、明るくて、社交的な感じだけど、特に気取ることもなくて、サバサバな話しやすい親しみのあるキャラだったから。
裏表がない人だな、という第一印象だったんです。
彼らの言葉を鵜吞みにしたということではないです(-。-;💦
それに、すそこ様が発する言葉の中には、うちの親の考え方と共通する部分もあって。
それらが、私の警戒心を緩めてしまい、「この人は良い人なのかもしれない」という誤った安心感を与えてしまったことも多分関係していたのかな、と。
私はその雰囲気にすっかり飲まれ、すそこ様の裏に隠された真の顔に、この時点では全く気づくことができませんでした。
完全に「良い人トラップ」へ、どっぷり入場しちゃいました。
逃げ道を塞ぐ「優しい罠」
そして次から次へと繰り広げられるすそこ様による匠の技が連発します。
初対面での姑の言葉は、まさに周到に仕掛けられた巧妙なトラップそのものでした。

「嫁と姑というのは、やっぱり難しいものなんよ。
お嫁さんのすることに、どうしても思う部分が出てきて、嫌味の一つも言いたくなるものだから。
だから、おかあさんは今から約束するんじゃけど、同居は今後も絶対にしない!
しない方がいい距離感でいい関係が築けるんよ。
だからその点は安心してもろていいから」
…安心するじゃん、そんなこと言われたら。

「おかあさんという人間は、本音で物を言う人なんじゃけど、それは裏表がある人じゃないからなんよ。
私は影で悪口を言われるんがほんまに嫌なんよ。
だから、みーぬちゃんとも本音で付き合っていきたいと思うてるんよ。」
さらに、

おかあさんは、裏表がない人じゃから、嫁いびりとかそういうことをする人間ではない!
そういう心配はないんよ。おかあさんには。
だから安心して嫁にきてくれたらええからね。
私は、姑根性を出す人が嫌いなんよ。
まだまだ自己アピールはつづく。

「もし、私たち(義両親)があんたたちの住む家に行くようなことがあったとしても、
あんたたちのところには泊まらずに私らはホテルをとるからね。
嫁に自分たちのことで苦労はかけさせたくないんよ。
やっぱり姑がいるとなると気を遣わせてしまうからなぁ。
だから、みーぬちゃんとはおかあさんは本当に仲良くいい関係を築きたいし、ちゃんと距離感は大事にしたいんよ
だけど、あんたらは、ホテルに泊まらんでも、ここに泊まればいいからね。ここは、あんたらのうちなんじゃから。」
…完全に、好感度MAXのセリフ。
「あなた達が帰ってくる時は実家に泊まればいいから」と補足してるところが若干モヤるけど。
あたかもあなた達のことを私は慮っているのよ、というような振る舞いなので。
しかも地味に、わたしたちが実家に泊まらずにホテルに泊まることの先手を封じる外堀を埋められた感じ…。(実際そうでした)
だけど、それ以上にあんたらのところには泊まらない発言の威力は私には効果的でした。

こんな物分かりのいい姑っているんだー
私ってラッキー★ やっぱり距離感は大事にしたいよね~
でもね、そのあと、ご存じのように2か月もしないうちに彼女たちは、
ガッツリ我が家に泊まりにきましたよ。布団持参で。
・・・しかも、あなた方、アポもとらずに突撃されてきましたよね? 早朝に。

私の頭の中は、(え?ホテルとるって言ってたよね?)と混乱。
あまりにも堂々としすぎていて、あの時の言葉をいとも簡単に覆してなかったことにしているその神経がマジでこわすぎでした。
っていうか、私を油断させるためにわざと言ったんか???
それとももう自分の言ったことを忘れてんの???
と私の頭の中はパニック。
(この人たち、やばいかも・・・)
と警戒心を持ちつつも、あまりの強引さと圧の強さに圧倒されっぱなし。
しかも、何故だか、話をすり替えられて、気づけばなんか謝っているわたし。
あまりにも悪気がない素振りを普通にされると、こっちが罪悪感に苛まれる。
そうして、「私が何か悪いのかもしれない・・」と自分を責めるようになっていったのです。
これこそが、「優しさ」という名の“罠”の力。
他にも、顔合わせのときのトラップはいくつもあります。
もう全ての詳細は覚えてはいないけど、今も私の心に深く刺さった2つのトラップがこちら。
誕生日プレゼントと“断れない関係”の始まり

「私は本当によくある嫁姑で悪口みたいなことにはなりたくないんよ。
だってお嫁さんのことを大事にしたいから。
だから、これは私がずっと昔から決めていたことなんじゃけど、
大事にして仲良く付き合っていきたいと思っているからこそ、
うちの家族になった訳だから嫁は娘みたいなもの。だから・・・
うちに来てくれたお嫁さんの誕生日プレゼントを必ず贈る!と前から私は決めてるんよ。
だから誕生日プレゼントをこれからずっと贈っていくからね!!」
…もう決まってることだからね?感の絶妙な圧力。
「祝ってあげるから」っていう名目で、**“受け取りを断れない関係性”**が、ここで出来上がってしまいました。
私は誕生日プレゼントを受け取る義務を負わされたのです。
しかもそれはただのギフトじゃありませんでした・・

「なんで、嫁なんかに誕生日プレゼントなんかあげるん?って人からは言われるんじゃけど、
私がわざわざプレゼントをあげるんは、娘になってくれたっていう意味よりかは、息子のことをよろしく大切にしてね、っていう意味があるんよ。
私がお嫁さんを大事にすれば、お嫁さんも、うちの息子を大事にしてくれる、これはそういうことなんよ」
っていう、見えない「貸し」の積み立てでした。
恩を押し付けられてるだけで、あなたが気持ちよくなってるだけじゃん・・。
よい姑アピールをしたいがために、私は単に利用されてるだけ。
それに、そんなこと本人を目の前にしてネタバレすることも地味に怖いけど、それ以上に感心します。
だって、それ言ったら絶対逆効果でしょ・・・
それに、私に対して失礼でしょ、これ。物をあげるからうちの子によくしてね、って。そうじゃなくてもよくしてるわ!
このプレゼントが、私のことを想ってる気持ちではなく、「私があなたを大切にしているのだから、あなたも私の息子を大切にしろ」という姑の支配の象徴になっていくとは、当時の私には知る由もありませんでした。
最大のトドメ:心の逃げ道をふさぐ一言
そして、極めつけがこれ。

「みーぬちゃんにこれだけは言うときたいんじゃけど。
おかあさんと約束してほしいんよ。
私の息子で、私がちゃんと育てたから、そんなことは息子に限って絶対にないはずなんじゃけど。
それでも、もし、あの子が他に女を作るとか、そんなことを起こしたら、みーぬちゃんのお父さんに言う前に、先に“おかあさん”に相談してほしいんよ。
そう約束してくれるかなぁ?」
……は?(思考停止)
いやいやいやいや、
なんで私が自分の父を飛び越えて、姑に相談せなアカンの?
しかも、初対面で??
その瞬間、私は気づいたんです。
この人は、ただ「仲良くしたい」って言ってるんじゃない。
私の逃げ道を、封じにかかってるんだ。
私は、自分の意志で別れる、ということさえ許されないのか、と。
そして、
この世で唯一、私の味方であり、どんな時も私を受け止めてくれる父に助けを求めることさえも、この家では許されないのか、と。
まるで私の「心の逃げ道」を根元から塞がれてしまったかのような絶望感を、あの時、私は確かに感じたのです。
「モヤモヤはあった。でも、見ないフリをした」時代のはじまり
- これらの発言がすべて初対面時に行われたことは、全て姑すそこ様の意図的な作戦。
- マニピュレーターすそこ様による「狡猾さ」と「効果的」な支配の布石だった。
- 警戒心をもたれないように油断もさせつつ、立場的に言いづらい嫁に対して義母のペースに巻き込まれるきっかけとなった。
こうして、地味〜に、だけど確実に、私の“違和感センサー”は何度も反応してたんだけど、
そのたびに「波風立てたくないしな」って、気づかないフリをしてやり過ごしていきました。
新婚当初の私は、こうした姑の言動に小さな違和感を覚えつつも、「結婚したからには、この家族と上手くやっていかなければ」という思いが強くあったから。
小さな違和感や圧は感じながらも、会えばよくしてくれることもあって、気にしないようにしてたんだよね。
でも、そんな無理をしていたこともあって、姑のペースに徐々に巻き込まれていきました…。
すそこ様の「工作」は私の想定を超えて巧妙であり、私の心は少しずつ、しかし確実に蝕まれていったのです。
私はじわじわと、心の自由を失っていきました・・・
🔍コラム:「マニピュレーター」って、何者?
義実家のことで心が擦り減っていた時、私はある言葉に出会った。
「マニピュレーター」
マニピュレーターとは、自分の目的を達成するために、巧みに他者の心を操ろうとする人のこと。
一見、親切で良い人に見えることが多く、感情に訴えかけたり、罪悪感を植え付けたり、論点をすり替えたりする手口を多用します。
相手に「悪い」と思わせることで、自分を優位に立たせ、相手をコントロール下に置こうとするのです。
「もしかして、あなたの周りにも“良い人の皮を被った”誰か、いませんか?」
私の姑、すそこ様はまさにこの「羊の皮を被った狼」でした・・・
この言葉を知った時、これまでの出来事がすべて線で繋がり、まるで霧が晴れたかのように、私の目の前で長年の謎が解き明かされていく衝撃を受けたんだよね。
同時に、自分がなぜこれほど苦しかったのか、その原因がはっきりと理解できたのです。
この言葉を知ったとき、私の中で長年モヤモヤしていたものが、一気に“言語化”されました。
「あの人は、いい人じゃなかったんだ」
「私がおかしかったんじゃなかったんだ」
「罪悪感を持たされてたのは、コントロールするためだったんだ!」
これが分かっただけで、どれだけ救われたことか。

ということで、
次回からは、本格的な人質生活が始まるトリガーとなった結婚式にまつわる長編シリーズをお送りしていきます。
まずは、結婚式や新婚旅行を乗っ取られるきっかけともなった最悪の1日のおはなし。
義両親が両家の顔合わせのためにやってきたあの日は、今から思い返しても逃げ場のない「既成事実化された嫁生活」の始まりでした・・・
どうぞ、お楽しみに(いや、楽しむとこじゃないんだけど)💥
