【激突】免許返納を拒否する義母との攻防|「店を奪わないで!」の感情ちゃぶ台返し

みーぬ

〜今回もちょっと真面目なお話〜 ※公開日よりも前の出来事をベースに記事にしてます

ハァ…_| ̄|○

同じ悩みを抱えてる家庭は数知れないと思うけれど、本当にどうにかしなくちゃいけないこの問題。

それは本人たちにとっては話題にあげて欲しくない・受け入れ難いテーマでもあって…

それはズバリ

姑すそこ様の運転免許返納問題です。

「車はやめてほしい」それが、叶わない

猶予はまだある状態と思われるとはいえ、実はことは深刻で、絶対にやめなければいけないのは舅ウニ男さんよりも、日常的に車を使う姑すそこ様なんだよね。

というのも、すそこ様が数年前に医師から認知症診断が出ている現実があるから。

とはいえ、すそこ様は認知力や判断力は驚異的にいまだに衰え知らず…。そんな状況から私はほんまに認知症?って今は疑っているので、免許返納をして欲しいということは伝えながらも、目を瞑っている訳なんだけど。

多少の物忘れはあるものの、いまだに生活にはなんら支障もないから、恐らく認知症の前段階のMCIかな、、、

みーぬ
みーぬ

よく病名ついたな?って疑うレベルで元気。

…いや、“都合いい時だけ認知症のフリしてる疑惑”は、正直ある。

でも、脳の萎縮は年相応に進んでるし、薬も飲んでる(確認済み)から、診断がついてる以上、運転を継続するのは完全に社会的にはアウトだからね。

と言う訳で、このまま運転をさせるわけにはいかないから、私たちは、ひたすらうざいくらいに伝え続けてる訳です。

だんなちゃん
だんなちゃん

車の運転だけは、
お願いだからやめてほしい。

・お店を辞めろと言ってるわけじゃない
・むしろ、生きがいとして続けてほしい

ちゃんと提案もしながらね。

安いところで仕入れができなくて、儲けが出なくても仕方ない、人との触れ合いや会話の場があることが大切なんだよ。人との関わりは認知症予防にもなるからお店は続けて欲しい。ゴルフは一緒に行く人に連れていってもらえばいい。
だから、運転だけはお願いだからやめてくれないか?

しかし 当の本人は…

すそこ様の主張は毎回これ。

姑すそこ
姑すそこ

お店を続けるためには車が絶対に必要なんよ

市場や安い店に買いに行かないとお店は続けることができないんよ

おとうさんも喋ってくれんし、お兄ちゃんもおらんし、あんたらは電話もしてこんから、おかあさんはお店がないと誰とも話さんくなる。そんなのは耐えられない!

お店はおかあさんの生きがいなんよ!

おかあさんからお店を奪わんといて!!

……いや、誰も奪っとらんって。

話がすり替わる。論点が消える。

私たちの論点:

  • 家族として、運転を続けることは見過ごせない
  • 運転を辞めさせることは家族の責務
  • 事故をして加害者扱いされたら、被害者は勿論、本人だけでなく家族もが地獄をみる。
  • 高齢者の事故は、たとえ相手が悪くても責められる立場になりかねない。
  • 認知機能検査に落ちている時点で適性がないということ(すそこ様は何回も落ちている)
  • 問題集を丸暗記して受かろうとしてたけど、それはカンニングと同じ
だんなちゃん
だんなちゃん

診断が出ている以上、運転をすることは認めることはできない

何かあってからじゃ遅いんだよ。

しかし返ってくる返事は、毎回これ。

姑すそこ
姑すそこ

わかってくれるかなぁ…

それは無理なお願いなんよ。

その頼みは受け入れることはできないんよ。

論点、蒸発。

すそこ様にとって 安全・法律は完全無視。それよりも感情が優先

感情 >>> 正論

だんなちゃんが冷静に説得を続けるも(背後の操作・指揮:嫁みーぬ)

「お店は続けていいんだよ」
「市場へ行く時だけ兄貴に頼んで一緒に行けばいいだろ?」
「歩いて5分もかからん行けるスーパーがあるんだから、儲けは度外視でお店は続けられる。続けることが大事なんだよ」
「お店を続けるために運転が必要って発想なら本末転倒だよ」
「本当はお店ももうやめるべきタイミングだと思うけど、病気を悪化させない為に、続けてる訳だから、運転をしないと続けられないというんだったら、お店はやめてもらうよ?」

それでも返ってくるセリフは変わらない。

「それじゃ商売にならんのよ」
「おかあさんの気持ちをなんでわかってもらえんのかなぁ」
「お店を取り上げられたら、それはもうおかあさんではないんよ。お店はおかあさんの分身なんよ」

出た。感情のちゃぶ台返し。

これは堂々巡りだわ。だめだ。正論は通じないわ。
(→ そう、正論は通じないのです:「正論は通じない」)

極めつけはこれ↓

姑すそこ
姑すそこ

おかあさんは、暗くなったら運転はせんのよ。だから心配することはないんよ

おーい。そういうことじゃないんだってば(-。-;

みーぬ
みーぬ

……誰が視力の話をしてるって? 
そういう問題じゃないっつってんの。

“奪われる”と感じているのは、すそこ様だけ

誰も奪おうとしていないのに、

「奪われる!!」

と叫ぶ人ほど、逆に他人の時間・労力・精神を奪っていることに気づいてないよね(-_-;)

みーぬの観察まとめ

  • 論点をすり替えて感情で押し切る
  • 「弱い私」を演じて同情を取りにくる
  • 正論で話しても感情で上書き保存される
  • 奪われると叫ぶ人ほど、人から奪っている

おまけ:同居家族の話もヤバい

免許返納拒否は、姑すそこ様だけではない。

  • 舅ウニ男さんも返納を拒否(多分、こっそり乗ってる)
  • 義兄カツオくんは「まだ大丈夫じゃろ」とスルー

三人さんよ・・

この人たち、マジで危機感ない。

帰省のたびに免許返納と施設入所の話をしているから、すそこ様&ウニ男さんからは鬱陶しがられつつ、それでも「帰ってこい!」と言われる矛盾。

だんなちゃん、毎回グロッキーです。

(-_-;)やだなー。また、あの雰囲気になるのか、あの雰囲気、やなんだよ…って愚痴っとります。

帰省するたびに思う。

みーぬ
みーぬ

やばい家庭ほど「普通」を装うよね
・・・ いや、それが普通だと思ってるのが問題。

この話、まだ解決してません。

堂々巡りは続いています。

個人的には

免許に定年制度が欲しい。

返納 → 必要なら再取得
合格率10%くらいにしたらいい。
受からなかったら、新設のゴルフカート免許でどうぞ。(結構、本気で言ってます)

現実には難しいけれど

頑なに免許を手放さない高齢者がいる事実、そろそろ社会全体で真剣に考えた方がよくないですか?


【追記①】家族が打ってきた手

——ここからは、追記です。

この記事を読んで、「診断が出てるのに、家族は運転させてるの?」と思った方がいるかもしれません。その疑問はもっともなので、正面から答えておきます。

まず、大前提の現実から。日本の免許返納は任意で、家族に運転を強制的にやめさせる法的な権限はありません。家族にできるのは、説得と、環境づくりと、公的なルートへの相談。うちが実際にやってきたのは、こうです。

  • 免許返納の説得を、鬱陶しがられながら何年も、帰省のたびに継続(本文のとおり)
  • 「運転をやめても生活が回る」代替案の提示——お店は儲け度外視で継続、市場への仕入れは家族が同行、ゴルフは同乗やタクシーで、お金は使い切るつもりで自分に使えばいい、まで
  • 受診・服薬状況の把握(服薬は確認済み)、認知機能検査の結果の把握
  • 問題集の丸暗記で検査を通過しようとする動きには、「それはカンニングと同じ」と指摘

つまりこの記事に書いたのは、「家族が黙認して乗せている」話ではなく、「家族が打てる手を打ち続けても、止められない」話です。そしてこの構図の家庭は、たぶん日本中にあります。

【追記②】同じ状況のご家族へ——相談できる公的窓口があります

説得で詰んだとき、家族に残されている公的なルートを書いておきます。

安全運転相談窓口(全国統一ダイヤル「#8080」)。各都道府県警察の運転免許センターにあり、高齢の家族の運転について、家族からの相談ができます。認知症の診断がある場合、法律上は公安委員会による免許の取消し・停止の対象になり得るため、診断があるのに本人が手放さないケースは、まさにこの窓口の守備範囲です。詳しい手続きや流れは地域で異なるので、お住まいの警察の窓口で確認してください。

「家族が警察に相談するなんて」と、ためらう気持ちはわかります。でも、事故が起きてからでは、本人も、被害者も、家族も、全員が地獄をみる。説得という手段を使い果たした家族のための、正規の出口です。当ラボも、このルートを進める前提で動いています。

【追記③】その後の話 (※2026年7月追記)

なお、すそこ様の返納問題は、本日も絶賛堂々巡り中です。そっちは変わってません。
ほんまに認知症?という疑わしき状態から、段々と雲行きは怪しげになってきています。
自分の親だったら、私は絶対に運転はさせない。
だけど
ふぅ・・・

他人さんって本当にややこしい・・・

改めて、すそこ様の免許問題をテーマにした記事はこちら→
「戦いの武器が、大砲じゃとオルガンなんよ!」——隠されていた事故は、正月のリビングで発覚した
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みーぬ
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観察系記録ライター
義母との複雑な関係をきっかけに、 “家庭”という名の舞台に仕込まれた違和感を見逃さず、 観察・分析・記録を始めました。 このブログでは、 心を守るための言葉を綴っています。 最初は、誰にも言えない気持ちの吐き出し。 でも、記録しながら自分の感覚を取り戻し、 今は“自分で自分を守れる言葉”を紡いでいます。 私にとって「書くこと」は、 日々のズレや不安から自分を切り離す、小さなサバイバル術です

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